医師になるために

現役医師が紹介します。 ishps.org

医師は特別扱いされる存在

doctor

“ヒポクラテスの誓い”というものをご存知であろうか。古代ギリシャの“医学の父”と呼ばれたヒポクラテスが唱えた誓いである。

実際そんなことはないが、世界各国で医学生が医師になる前に誓うと信じられているものである。

“純粋と神聖をもってわが生涯を貫き、わが術を行う”といった類である。それ以外のヒポクラテスの言葉に“哲学を理解する医師は神にも近い存在である”という敬虔な言葉もある。

神に近いというのは極端であるが、医師には特別の倫理観・使命感、そして特権意識がある。

それは時代・国境を超越して世界中の今の医師達に受け継がれている。海外に行っても医師同士にはある種の連帯感のようなものがあり、国は違っても立場は対等である。逆に言えば、医師の間では医師以外の職種に対して、ある種の偏見を持っているのも事実である。

身分制度が根強く残るある国の学会に行ったときのことである。

医師に混じって我々を案内してくれる学会スタッフがいたが、現地の医師に対する上下関係は明らかであった。挨拶をする際にも医師は頭を下げないが、それ以外のスタッフは医師に対して両手を合わせ拝むように挨拶を返すのである。だから挨拶の仕方をみれば、相手が医師かそうでないかが分かるのである。

日本でも職種間の暗黙の上下関係ははっきりしている。学会に出席しても同じ内容の発表でも医師が言うのと、看護師や心理士が言うのとでは、重みが違うし周囲の受け止めかたも全く違う。論文も然りである。

一度、少年院の施設見学をしたくて電話をかけたことかあった。

電話に出たのは事務職員だったが、私の職種は伝えず話を聞いていた。さらに詳細を聞くために次に心理職に代わってもらった。

しかしもう少し詳しく聞きたい旨を話すと、逆に疎まれてしまい「あなたの職種はなんですか?」と聞かれた。私が「精神科医です」と伝えると相手の態度が一変して、少年院の最高責任者である院長にすぐに電話を繋いでくれた。同じようなことはいくらでもある。

用事があってどこかの施設に電話連絡する際、「医師の○○ですが、」と医師であることを告げるのとそうでないのとでも、対応が違ってくる。

また、ある人のことが話題になっても「あの人のやってることは凄いけど、医者ではないから」とか、何らかの意見を貰っても「でもそれは医者の言ったことではないから・・・」といった会話が周囲で頻繁にされているのを耳にする。

各施設でのもてなし方も特別である。まず言葉遣いが全く違う。どんなに年齢が離れていても、医師には基本的には皆敬語を使ってもらい丁重にもてなしてくれる。

こういうことが慣れてしまえば、医師の中では丁重に扱われて当たり前という考えが定着してしまう。だから時々とんでもない横柄な医師も出来上かってしまう。

そのような医師はぞんざいに扱われるようなことがあればすぐにカッとなって周囲に怒鳴りちらしたり、すねたりするのである。

しかし医師が特別扱いされるのにはそれなりに理由がある。理由の一つに患者さんの治療に全責任を負うことである。実際に患者さんを死なせたり後遺症を残したりして、遺族や患者さんから訴えられている新聞記事を見たことも多いだろう。

診察時や手術前には医師にはうやうやしい態度の患者さんや家族も、一旦治療が失敗したとなると態度を一変させるのである。

私も時々看護師が羨ましくなることがある。看護師は大体三交代勤務なので、就業時間が終われば患者さんの状態がどうであれ、後任に状態を引き継いで足早に帰っていく。

ところが医師はそんなわけにはいかない。患者さんの主治医である以上、容態が危なくなったりすると責任をもって状態が落ち着くまで病院に留まって対応しなければならない。

危篤状態が続けば何日もまともに家には帰れないし、休日出勤も当たり前である。

どんなに誠実に頑張っても望まれた結果が伴わなければ、家族や患者さんから罵倒されたり訴えられたりするのである。

それだけのリスクを伴うわけであるから、医師という職業が特別扱いされたとしても丁度釣り合うのかもしれない。

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